リハーサル。
音響係が行く手を導きながら懸命に音を拾うやまな達。
ほんの少しの狂いもまったく見のがすことなく、作業はたんたんと進む。全員がサウンドをその身体に叩きつけ、さらに焼きつけながら音探しの旅は続く。
全体でのリハーサルでもそのチカラの強さが十分にうかがえる。
バンマスである、喜多は野心的にこのバンドに命を吹き込もうと鋭く目を光らせる。その眼光の強さはやはりプロのそれなのである。
この作業は音楽にとってとてつもないほど重要なプロセスだ。全員が気持ちをシンクロさせる中、やまなはさらにボーカルとしての懇親の声を探り出していた。
限られた時間の中で織り成す、無限のラビリンスからの脱出劇。
その繰り返しこそがリハーサルに他ならない。
タイミングと波長。
その二つが揃い、長いリハーサルの末に見つけたものは天候にも負けない堂々たる音だった。
悪天候という条件はこれまでと同じ。
今回は雨。
これまで台風や雪、果てはヒョウまで…さまざまな天候の恵みを受けてきたが、それは9回目にしてもついに変わることはなかった。
外は冬の寒さがまだまだ残っている。吐く息も白く、空気も冷たい。
だが、やまなひとふみはそんな天候にもまったく動じないでさらっとライブを決行した。新曲を2曲も携えてリスナーたちの前に悠然とあらわれたのである。
「緊張とプレッシャー」
そんな心の重圧など、やまなには関係なかったのだ。
イデガミユキ。
誰もが認めずにはいられないその強く、そして美しい声はライブハウスの観客達を魅了する。
サントワマミーという名曲のカバーを披露した彼女は原曲に決して負けない歌手としてのチカラを示すのに十分なものだった。
観客が一丸となって送る視線のプレッシャーにも動じることなくさらりと歌う。
歌姫が、再び舞台を舞った瞬間だった。
バンドによる演奏が徐々に会場のテンションをあげ、最高潮に達した時にやまなが悠然と舞台に立った。一気に場内が引き締まる。彼の視線が見つめるその先には観客の声援が待っている。
突然の始まりと共にオーディエンスのテンションはさらに上昇。どこまで観客のテンションをあげてしまうのか。
「やまなひとふみとBOOBY TRAP」が完成する瞬間である。
今回の構成は期待に答えるオープニングから入り、そして、新たな曲を2曲も携えて一層観客たちを魅了する。途中にメンバーの数人でのセッションのの場面などもあり、実に多彩なパフォーマンス。こちら側の見たいライブをちゃんと彼は知っているのである。それでも、あの手この手で裏ワザを繰り出す「やまなひとふみとBOOBY TRAP」の面々。
そこにはリハの時とはうって変わった、やまなひとふみの姿があった。
やはり、プロ。
仕事は完璧だ。
お楽しみの抽選会も終わり、オーディエンスも存分に満足しただろう。そして、ライブは盛り上がりのうちに幕を閉じるのである。
そして、受付ではドラムの高野が発売したCDの販売が行われていた。ファンのためにサインを入れる高野。彼も満足そうだ。
今回のライブは天候などものともしない、力強いサウンドと何よりやまなひとふみのパワーがこれを無事に終了させたのである。
果たして、次回のライブの天候はどうなるのか。ついに晴れてしまうのだろうか?
そんなことはやまなにもわからないのであった。